2011年2月11日

三女の情報格差戦略、長女の心配

その1 

朝早くに目が覚めた。 

三女が3階の子ども部屋から駆け下りてくる。 

「ゆきだよー」「ゆきがふってるよー」 

おーー、ホントだ。久しぶりだねえ。 
夜半からの雨が、朝方しばらくだけ、雪に変わっていた。 


三女が学校に行き、珍しく家にいた長女が言う。 

「あれは私が言ったんだよ」 
「朝起きて、ゆきだよ!って」 
「でも三女は『ふ~ん』って」 

「なのに、あれはなんだ!」 


即時伝言による、情報価値の取り込みは、三女の得意技(笑) 



その2 

上がってきた子育て本のカバーデザインを見て、長女が 
「これ大丈夫?」 
と。 

指し示す指の先には副題の一部「就職力」が。 

「なんで?」 

「だってまだ就職してないし」 


ああ、この子育て法が就職力につながるかどうか、自分ではまだ実証できてないということね。 


ここで横で聞いていた次女が一言。 

「心配するな」 
「後に続くものがいるから、大丈夫だ」 

ん?それはお姉ちゃんが例え就職に失敗しても、自分たちは大丈夫、って言ってるの? 
なんとたかびーな(笑) 


でも長女、更に食い下がる。 

「じゃあ、お父さんとしては、こういう育てられ方をした子なら採用したい、ってこと?」 

良い質問だねえ~。 
そうです。その通り。 

「まったくお手伝いやってこなかった子なんて、採用したくないよ」 
「多分、気も効かないし役に立たない」 

と、言い切りました。もちろん(笑)

2011年1月25日

1/25 日韓対決。続けることの価値を細貝と本田圭佑に見た!

本田圭佑はやはりすごかった。すばらしいパス、センスとスピード。 

1-1で迎えた延長前半7分、彼のスルーパスに反応した岡崎が韓国ディフェンスのファールを誘い、PKを得た。 
もちろんキッカーは、本田。 

しかし彼の真ん中目を狙ったシュートはミスとなり、(向かって)左に飛んだキーパーの足に当たる。 
ボールが跳ね返って転がるけれど、本田のフォローは間に合わない。 

そのとき、もの凄いスピードで現れ、左脚一閃、ゴールを決めたのが細貝。 
香川に代わって87分に投入された途中出場の彼は、長い助走をつけて、本田がシュートを放つとともに、ペナルティエリア内に突入していたのだ。 


でもそれは偶然でもセンスでも思いつきでもなかった。 
PK戦を制したあとのインタビューで、彼は言った。 

「個人的にもこぼれ球はしっかり狙っていた」 
「昔からPKのときには必ず狙うようにしている」 

と。その何年にもわたる積み重ねがあったから、あの絶妙の突入ができたのだろう。 
そしてその何百回の繰り返しの果てに、代表戦のPKで自分の前に玉が来るという機会を得たのだろう。 


「(アップのために)一度もイスに座ることなく、ずっと動き続けていた」 
「スタメンで出ることがないとなれば、途中から出るしかないので、与えられた時間で与えられた役割をしっかり果たそうと思っていた」 

人事を尽くすものにのみ、天命は訪れる。 


本田は延長戦後の、PK戦で先鋒をつとめ、渾身のシュートでチームに勢いをつけた。 
この意地と気合いもまた、本田圭佑を本田たらしめてきた、「継続」であろう。 

これでこそプロ。これでこそ日本代表。 

あー、楽しかった。次も、応援しようっと。

2011年1月19日

1/19大田区役所 保育士・児童館職員さん研修 無事終了

朝、バイクで環八を下る。25分で、池上本願寺隣の、池上会館に着く。
大田区役所の研修施設だ。

保育士さんを中心に、児童館職員さんも加えての34名向けの研修を、丸1日行った。

午前の「イロ」「グラス」「紙コップ」は、これまでの発想力演習の、そして午後の「サバイバル!」は決める力演習の鉄板ネタである。
ただ、お昼の「ペットボトル演習」は、今回初めてのモノ。

近隣のコンビニエンスストアを調査してもらい、そこでの情報整理と発見を、試みてもらった。

発見のための情報整理とは!
なかなかに、面白い。


改良も必要だが、行けそうな感じ。
これはまた、次回、品川女子学院でやるので、もっと考えよう。


最後1時間は、「ヒマと貧乏とお手伝い」をお話ししてピッタリ17時終了。

机を片付けて、1730から駅近くのお店で懇親会である。
10数名が参加し、もりあがった。


そこで知ったのは、保育士さんたちの出席のためのご苦労。
1日空けるためには、自分の担当の子どもたちのお世話を同僚たちに分担してもらわなければならない。
園長と同僚たちの理解と協力があってこその、出席だった。


みなさん、ありがとう。
今日一日が、みなさんの、そして子どもたちの役に立ちますように。

2011年1月10日

『ヒマと貧乏とお手伝い本」』初校へ!

年末年始、娘たちにいろいろ取材して、初稿を完成させた。 

携帯電話についてどうしたいか? 
これまでで一番よかった誕生日プレゼントは? 

とか10問くらい質問して、みんなに答えを書かせたり、ひとりひとり呼び出して、あるテーマで話したり。 
長女には、ちょっとだけだが、直接原稿も書いてもらった。 


3ヶ日開けに編集担当の三田さんに「初稿」(執筆者からの最初の完成原稿)として、送った。 

そして昨日の朝、それが「棒ゲラ」として返ってきた。 

棒ゲラとは、まだデザインに落としていない、テキストだけの状態のものである。 
編集者として、字句や内容の修正案を示してきたもの。 

ある意味では、このやりとりで原稿が完成されるということだろう。 


これを数日内に戻すと、デザインに入れ込んだ「初校」が出来てくる。 
いきなり本らしくなる瞬間だ。 

楽しみだなあ。

2010年12月26日

クリスマスのサプライズ:『プレジデント』2011 1.17号

忘れていた。 
『プレジデント』の取材を受けていたのだった。 

昨日、クリスマスというのにKIT虎ノ門で4時間ぶっ続けのゼミを行った。
そのときに、発見。

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最新号、p80。 

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隣はヤンキー先生の義家さん、次の頁は婚活の白河さん~

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