2009年12月30日
活動ログ等 update
ここ1~2ヶ月の活動ログをupdateした。
こうしてみると、結構あるなあ。
不定期
・福井青年会議所 公開例会 「福井青年会議所 2月度総会講演 」
山田メユミさんのお手伝いのやつだね。
高校時代の友人に頼まれた。佐々木かをりさんとか南場さんとか有名人とご一緒した。
・立教ビジネスクリエイター塾 定例勉強会「発想力ブートキャンプ」
中学校
母校ですな。
高校
・田園調布雙葉「レポートのコツ」
今年の最終回。テーマは難しかったかも知れないが、良い反応がいっぱいあった。
大学
あと、大学院シラバスをちょっと更新した。
ただ、内容はほとんど同じ。
来年度は、早稲田が1つ増える予定。
「ビジネス思考法」というのを2人で担当する。これはシラバス作成中。
出し物はいっぱいあるが、どう作ろうかなあ。
2009年12月29日
PS2 & BB Unit
部屋の片付けをしたら、箱が2つ。
中身は修理から戻ってきたままの
・純白のPS2
・HDつきBB Unit
修理日は2004年4月・・・5年半前だ。
その間、箱に入ったまま。ちょうど、PSXを買ってしまったのでこうなった。
このPS2は、2001/12/21に売り出された、 ヨーロピアン・オートモービル・カラーコレクションの1つ。
PS2が全世界2000万台売れた記念として、5色が各2000台ずつ作られ、PlayStation.com限定で販売された。
SCPH-30000 RSR : スーパー・レッド
SCPH-30000 RMS : メタリック・シルバー
SCPH-30000 RAB : アストラル・ブルー
SCPH-30000 RSW : スノー・ホワイト
SCPH-30000 RLY : ライト・イエロー
で私のは白。コントローラーも輝く白だ。
で定価は5万円。普通の黒だと29800円だったのに。はっきり言ってアホである。
(しかも既に黒のは持っていた)
でも、その後しばらくの間、娘の友人の男の子がわが家に遊びに来るたびに
「この家のPS2は白い!」って驚いていた。
もうそれだけで満足だった (-_-)v
発売日は確か12:00から受け付け開始だったので、昼、自室に閉じこもり、会社の電話を使って時報を聞きつつ、12:00ジャストにPlayStation.comをクリック。
見事に製造番号150番をゲットした。殺到しそうな赤や黄色を避けた作戦勝ちか。
日本国内には600台しかないレア品だ。
さて、BB Unitを挿入して動かそうとしたら、インストールディスクが必要だという。
そんなの持ってないよ・・・
ソニーに電話したら「500円で送ります」と。
よっしゃ。
ところがその送金手段がいけていない。郵便小為替だと。
なにそれ?
カード決済とか取り入れて、お願いだから・・・
どうせ送料なんだろうから、受取人払いの宅配便でも良いから・・・
そんな願いが届くはずもなく、郵便局に行って、列んで、窓口違うって言われてまた列んで、100円手数料払って、500円の郵便小為替ゲットして、郵送した。
最近PS2としてしか使っていなかったPSXを撤去して、純白PS2を置く。
なんか、新鮮。なんか、なつかしい。
早速、三国無双3をやってしまった(爆)
2009年12月28日
Night Rodの羽化
昨日、HDシティ中野店にNight Rodを取りに行ってきた。
環七から新青梅街道に入ってすぐだ。
そう、VRSCAW(V-Rod)用のスーパースポーツウィンドシールドを、D(Night Rod)に付けたのだ!

羽化、というイメージ。
80kmまでならヘルメットのバイザーを上げたままで走れる。 (最初乗ったとき、自分が上げたままで走っていることにしばらく気がつかなかった)
100kmでもこれまでと違って、体も寒くないしすごく楽に走れる。なので吸い込まれるようにスピードが上がる感じ。
視界が微妙に歪んだり、遮られたりもあるが、慣れていくしかないね。
羽化、というイメージ。
80kmまでならヘルメットのバイザーを上げたままで走れる。 (最初乗ったとき、自分が上げたままで走っていることにしばらく気がつかなかった)
100kmでもこれまでと違って、体も寒くないしすごく楽に走れる。なので吸い込まれるようにスピードが上がる感じ。
視界が微妙に歪んだり、遮られたりもあるが、慣れていくしかないね。
ということで久しぶりに鎌倉のカレー屋さん、オクシモロンにでも行くかなあ。
あ、もう年末でお休みだ・・・
参考)
V-Rod用 スーパースポーツウインドシールド
2009年12月26日
フジファブリック 志村さん 追悼
おどろいた。
フジファブリックのボーカル&作詞作曲の志村正彦さんが、亡くなった。
享年29。
たまたまつい数日前、昔のアルバムを数枚買ったばかりだった。
『アラモード』『アラカルト』『FUJIFOX』
今年出た『CHRONICLE』、2008年の『TEENAGER』、2004年の『フジファブリック』
いずれも秀作だった。
歌の作り手として、そして歌い手として、既に巨大な才能であり、まだまだ進化していく過程であったと思う。
アルバム収録曲ながら、シングル『Sugar!!』を買ったのはおまけDVDに「大地讃頌(だいちさんしょう)」とあったから。
長女たちが通った瀬田中学校の合唱課題曲でもある。
ところが実はこのDVDは、志村さんが故郷の富士吉田市に凱旋しての公演風景だったのだ。
Openingの大地讃頌の合唱が終り、幕が開く。
ペダル、TEENAGER、と続き、最後の曲に。
演奏前、彼はとつとつと言う。まっすぐ前を向いて、目を見開いて。
「15歳のときの夢。それは、この市民会館でコンサートを開き、そしてチケットをソールドアウトしたい、ということでした。今日、その2つの夢が叶いました」
「18歳から東京に出て9年、プロミュージシャンを目指すということは、楽しいだけではなかった。
喜びを感じるのは何かを成し遂げた一瞬だけ。
普通の大人になりたくなかったから始めた音楽だけれど、それを不安視している自分がいて、片や、なりたくなかった大人になっていく人たちが妙にすごい幸せそうで、その人たちが羨ましかったりして、また不安になったりして・・・」
「そういう気持ちを全部含め、いろんな出会いや別れや、いろんなコトや物があって、今日の日がある。
だから今日ライブが出来て、その今までは、そういう自分は報われたかなと思ってます。ありがとうございます」
「この曲を歌うために、僕はずっと頑張ってきたような気がします。18歳のときに初めて上京してそのとき作った曲で、茜色の夕日、をやります」
その、茜色の夕日を聞きながら、一人、彼を偲ぼう。
茜色の夕日
陽炎
赤黄色の金木犀
ペダル
若者のすべて
東京炎上
まばたき
バウムクーヘン
Sugar!!
エイプリル
タイムマシン
Stockholm
私の★★★★★曲たちだ。
志村さん、さようなら。
フジファブリックのボーカル&作詞作曲の志村正彦さんが、亡くなった。
享年29。
たまたまつい数日前、昔のアルバムを数枚買ったばかりだった。
『アラモード』『アラカルト』『FUJIFOX』
今年出た『CHRONICLE』、2008年の『TEENAGER』、2004年の『フジファブリック』
いずれも秀作だった。
歌の作り手として、そして歌い手として、既に巨大な才能であり、まだまだ進化していく過程であったと思う。
アルバム収録曲ながら、シングル『Sugar!!』を買ったのはおまけDVDに「大地讃頌(だいちさんしょう)」とあったから。
長女たちが通った瀬田中学校の合唱課題曲でもある。
ところが実はこのDVDは、志村さんが故郷の富士吉田市に凱旋しての公演風景だったのだ。
Openingの大地讃頌の合唱が終り、幕が開く。
ペダル、TEENAGER、と続き、最後の曲に。
演奏前、彼はとつとつと言う。まっすぐ前を向いて、目を見開いて。
「15歳のときの夢。それは、この市民会館でコンサートを開き、そしてチケットをソールドアウトしたい、ということでした。今日、その2つの夢が叶いました」
「18歳から東京に出て9年、プロミュージシャンを目指すということは、楽しいだけではなかった。
喜びを感じるのは何かを成し遂げた一瞬だけ。
普通の大人になりたくなかったから始めた音楽だけれど、それを不安視している自分がいて、片や、なりたくなかった大人になっていく人たちが妙にすごい幸せそうで、その人たちが羨ましかったりして、また不安になったりして・・・」
「そういう気持ちを全部含め、いろんな出会いや別れや、いろんなコトや物があって、今日の日がある。
だから今日ライブが出来て、その今までは、そういう自分は報われたかなと思ってます。ありがとうございます」
「この曲を歌うために、僕はずっと頑張ってきたような気がします。18歳のときに初めて上京してそのとき作った曲で、茜色の夕日、をやります」
その、茜色の夕日を聞きながら、一人、彼を偲ぼう。
茜色の夕日
陽炎
赤黄色の金木犀
ペダル
若者のすべて
東京炎上
まばたき
バウムクーヘン
Sugar!!
エイプリル
タイムマシン
Stockholm
私の★★★★★曲たちだ。
志村さん、さようなら。