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2018年12月 3日

為せば成る、ではなく、為さずんば成らず。行動するってダイジだよ

よく「なせばなる」というが、漢字で書けば「為せば成る」。意味としては、頑張ってやれば何ごとも成し遂げられる、といったところ。
これは、江戸時代の米沢藩主 上杉鷹山の「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」から来ている。破綻寸前の米沢藩を再建、発展させた名君 鷹山は、弱気な部下たちをこれで鼓舞したのだろう。

でもこの言葉、ふつうは精神論・根性論的に使われる

鷹山はこの言葉を、戦国時代の武田信玄の「為せば成る 為さねば成らぬ 成る業(わざ)を 成らぬと捨つる 人の儚(はかな)き」からとったと言われるが、信玄のそれは単なる根性論ではない。
名将といわれた信玄は、人は城、とか、風林火山、とか多くの名言を残した。彼は最高の知将でもあり「負けまじき軍に負け、亡ぶまじき家の亡ぶるを、人みな天命と言う。それがしに於いては天命とは思はず、みな仕様の悪しきが故と思う」(敗戦や滅びをみな天命と言うが、そんなのやり方次第だ!)とも言っていた。それが根性論を唱えるわけがない。

信玄は「簡単に諦めるな、知と勇を奮ってなんとかせよ!なんとかなるから!」と伝えたかったのだろう。

実は信玄の言葉の元は中国の古典『書経』太甲下篇にある。
「慮(はか)らずんばなんぞ獲(え)ん、為さずんばなんぞ成らん」である。
・慮る、は思慮。ちゃんと考えること
・為す、は行動すること
だから「考えなくては何も得られないが、考えるだけではダメ。ちゃんと行動(為す)しなくてはそれが実現する(成る)ことはない」という意味。

つまり、行動することの大切さを説いているわけだ。なんでそれが、為せば成る、という単なる根性論になったかは、武田信玄や上杉鷹山のせいではなく、きっと後世の者たちのせい。一部のみ切り取り、都合よく使った。信玄や鷹山の名を借りて。

気をつけよう。

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