2012年1月29日
2012年1月18日
長女の長女たる所以(ゆえん)
長女はハタチ。
( ゚∀゚ )(さいたまと入力するとこう変換される・・・)でひとり暮らしをしている。
で、一昨日の深夜のメール。
「またかぎわすれた?」
本人はしっかりしているつもりだが、相当忘れ物・落とし物が多く、家のカギに始まって財布丸ごととか通帳とか、何回も落としまくっている。(ちなみに今回は「ぽっけにあった(笑)」だとさ)
性格で言うとどうなのだろう。昔は1人でいることも多かったが、最近は仲間と遊ぶことも増えた。
部活でもいじられ役だが、それにも慣れてきたらしい(笑)
本人はそれを「血液型がB型だとわかってから、性格がB型になった」と言っている。
何を分けわからんことを(爆)
まあ、それはともかく、お姉ちゃん歴18年の彼女は、最近結構頑張っている。
で、今朝のメール。
「次女がやる気を失っております」
大学受験を控えた次女は、淡々として入るがそれなりに起伏がある。
2ヶ月に一回くらいは「やる気出ない」状態に陥る。
塾などに一切行かず、自宅でモクモクやっているだけにそうなると回復が難しい。
そこでお姉ちゃんの登場である。
そういう訴えは、大抵すぐ彼女に入るので、それを親たちにも伝え、本人も対策を練る。
センター試験明けでまた「やる気出ない」次女と、明日も遊びに行くらしい。
と思ったら場所は地元の二子玉川だそうな。
「移動時間がもったいない」という次女の要望で・・・
お金はお父さんが出してあげるから、盛り上げ業務頑張って、と長女にメールする。
で、さっきまたメールが。
「ぺけぽん」
なんだこりゃ・・・三女に関するものである。
三女は将来の夢がイロイロ変わる。
それはいいのだけれど、中2でそろそろ「進路」や「目標」を決めなくてはいけない。
それを親は一切与えないので、本人次第である。
とはいえ、彼女に直接聞くと「校舎がキレイなこと」「制服が可愛いこと」がダイジだと言う。
「3年間通うモチベーションってダイジでしょ!」と。
その通りだけどね、それだけで決められちゃあ、困ります。
ということで長女に指令を飛ばし、三女への進路相談役に任命する。それが半年前。
当初は長女の進路的問いかけを華麗にスルーしまくる三女。
どうなるものかと思っていたが、最近、三女もようやく考え初めて、志望校を調べたり、考えたりし始めたらしい。都立は4つくらいに絞ったとか。
といった進捗報告が、ときどき長女から来る。
「ぺけぽん」も、そのひとつだった。
マックのバイトがまだまだうまくこなせず、久しぶりに「できない子」として劣等感を感じたりもしているらしい。
マック恐るべし(笑)でもいい経験だね。
キミの最大の強みは、キミをお姉ちゃんと仰ぐ、妹たちがいることさ。
長女の醍醐味でも、ある。ガンバんな。
期待してるよ。
史上最高のアクセス数を集めた三女ネタブログはこちら。
2012年1月14日
紀伊國屋玉川高島屋店での小さな出来事
2枚の写真があります。
上は水曜日のもの。下は今日のもの。
さて、何が違うでしょうか?
・『一瞬で大切なことを伝える技術』の冊数?
→確かに違いますが、そうではありません。
・周りの本の配置
→確かに違いますが、そうではありません。
・両隣の本が、平積みから縦置きになった
→鋭い。平積み戦争に勝ったとは言えるでしょう。でも、もっと面白いことです。
ヒントです。
ポップをよく、見てください。
わかりましたか?
上では、POP立ての金具が、POPの文字に掛かっています。
でも、下では掛かっていません。見やすくなっています。
それにはこんな、小さな物語が・・・。
今日、次女・三女と紀伊國屋に見に行ったときのこと。
11日は次女と「直前センター問題集」を買いに来たついでに見ていました。なので、次女は私に「また減ったねえ~」と言ってきました。
私はそれに、「多分ね。だけど前回は2冊で、今は3冊でしょ。補充された後に減ったってコトだよね。それは何冊かなあ」などと返します。
次女がその問いに答える間に、三女が何も言わずにPOPに手を伸ばします。
何をするんだろうと思ってみていると、POPを金具から外して、すぐまた差し込んだのです。
今度は、文字に、金具がかからないように。
終わっても、彼女は何も言いません。別に自慢したいわけでも、ほめてもらいたいわけでもないらしい。
見にくかったから、見やすくしたの。当然でしょ。
そんな声が聞こえた気もしました。
ありがとう。
お父さんも実は、金具が文字に掛かっていたのはわかっていた。
ちょっと読みにくいなって、思ってた。でも、そのままにしていたんだ。
それを直してくれて、ありがとう。
夕食は3人でSCのカレーうどん屋さん。美味しかったね。
2012年1月 8日
「挨拶ができない若者」考
なんだか、新書の本の題名みたいである。
今頃の若者ってヤツは、みたいでやな感じである。
でも最近、こんな話に3つも出会った。
その1
プレミアムウォーターの萩尾陽平さんから。彼は若き起業家。
・留学資金を稼ぐためにアルバイトとして販促営業に従事
・3ヵ月後に販促支援で起業
・全国に組織を拡大し、従業員数はグループ全体で930名に
この販促での起業で勝機を見いだしたのは「挨拶」だったと。
「人として当たり前のことは当たり前にやる(挨拶、振る舞い、言葉遣い)」
販促支援の業界ではそれができない人たちばっかりだったから、それさえちゃんとやればなんとかなる!と見切って、成功した。
その2
昨日のKIT虎ノ門大学院での「戦略思考演習」最終日、大逆転戦略の発表会での議論中でたこと。
システムエンジニアの人材派遣業界での「標準化」というテーマだったが、でもそれは実際にはなかなか難しい。
そのときクラスの一人が言った。
「SEの派遣を頼むときには『ちゃんと挨拶できる人を』ってだけ頼む」と。
細かなスキルがどうとかでなく、ちゃんとした人、が欲しいのだ。
一緒に働こうと思えなければ、派遣してもらっても意味がない。
その3
改めて思った。「挨拶」は強みになり得る。
それくらい「挨拶」できない若者が増えている、人間関係の第一歩を築けない人が増えているのだ、と。(ここは要検証)
わが家で20年以上続くイベントがある。「お花見パーティ」(と花火パーティ)である。
3月末に2日間、1200~2400でいつ来ていつ帰ってもいいホームパーティだ。
2日間の来場者は老若男女合わせて200名前後(笑)
娘たちにはお手伝いと社交の場だ。
長女に聞いたら、こんなことを言っていた。
「小さいときは『挨拶タイム』がすごくイヤだった。名前と学年くらいだけどさ」
「長女だから一番に言えって言われるし」
「でも今はまったく平気。いつから平気になったかは覚えてないけど、中学生過ぎてからかな」
「今、知らない大人と話すのが苦手じゃないのは、お花見パーティのお陰かな」
今のところ、「挨拶できる若者を育てる」ためのキーワードは3つ。
・中学生の壁
・携帯電話の壁
・ホームパーティ
これについては、もっと考察と調査を進めたい。
2012年1月 1日
2012 新年にあたり
2011年は本当に激動の一年でした。
私自身は被災地への直接支援ではなく、間接的な支援を選びましたが、多くのみなさんの行動力や慈悲心に感激するとともに、がれき処理の受け入れ拒否や政戦に終始する政治にヒトの怖さ・愚かさを思い知ることにもなりました。
私は、自分に出来ることをこれからも精一杯続けようと決めました。
8月には『ペンギン、カフェをつくる』を、そして11月には『一瞬で大切なことを伝える技術』を上梓。新刊の出版記念も兼ねて日本中でセミナーや講演を小中学校や親向け、教員のみなさん向け、そしてビジネスパーソン向けに開くことが出来ました。延べ67回、4500人に。
これらひとえに応援いただいたみなさんのおかげです。あらためて感謝します。ありがとうございました。
昨年からの原稿が、3月に2冊の本となり、上旬に発刊となりました。(『お手伝い至上主義でいこう!』『ルークの冒険』)
その直後の東日本大震災。
その直後の東日本大震災。
私自身は被災地への直接支援ではなく、間接的な支援を選びました
私は、自分に出来ることをこれからも精一杯続けようと決めました。
8月には『ペンギン、カフェをつくる』を、そして11月には『一
これらひとえに応援いただいたみなさんのおかげです。あらためて感謝します。ありがとうございました。
その激動の2011年は、本当に綺麗な夕焼けと紅白歌合戦ともに去っていきました。
2012年はいつも通り、田舎での初詣からスタートです。
娘1、3、甥、姪を連れて行ってきました。まずは村の中の日吉神社、次が町の柴神社、最後がお寺。
福井には珍しい晴れの大晦日で、放射冷却が起きて道路が凍りまくり。受験生(娘2)がいるので、いきなり滑っちゃあ、縁起が悪い(笑)
慎重に歩きました。
そうそう、こういうときは意外と残雪の上の方が、歩きやすいのです。少し不便なところの方が、便利ででも滑りやすいところの方が、いいってことですな。
行く先々で御神酒をいただくのですが、ハタチになった娘1は果敢にも「少しだけ」とチャレンジ。合計5ccくらいで「酔う・・・」とか言ってます。でも、折角ハタチになったのだからやってみたいのでしょう。
まあ、いいです。何事も、まずは経験ですから。
初詣、5人でゆっくり1時間半ツアーでした。ちなみに私のお祈りの基本内容は、いつも同じです。「みなが健康でありますように」です。
神サマにお願いすることがあるとすれば、それ以外には、ありません。
さて、2012年はどのような年になるでしょうか。
といっても予測や予言には興味がありません。どのような年になるか、ではなく、どのような年にするか、であり、この一年をどう生きるか、だけが問題なのです。
それはまた、正月三が日でゆっくり考えることとしましょう。
まずは、また一年、2012年がみなさまにとって良い年でありますように。そして、復興と革新への年となりますように。
2012年1月1日 午前2時