2012年1月18日

長女の長女たる所以(ゆえん)

長女はハタチ。
 ゚∀゚ )(さいたまと入力するとこう変換される・・・)でひとり暮らしをしている。

で、一昨日の深夜のメール。

「またかぎわすれた?」

本人はしっかりしているつもりだが、相当忘れ物・落とし物が多く、家のカギに始まって財布丸ごととか通帳とか、何回も落としまくっている。(ちなみに今回は「ぽっけにあった(笑)」だとさ)

性格で言うとどうなのだろう。昔は1人でいることも多かったが、最近は仲間と遊ぶことも増えた。
部活でもいじられ役だが、それにも慣れてきたらしい(笑)

本人はそれを「血液型がB型だとわかってから、性格がB型になった」と言っている。
何を分けわからんことを(爆)

まあ、それはともかく、お姉ちゃん歴18年の彼女は、最近結構頑張っている。

で、今朝のメール。
「次女がやる気を失っております」

大学受験を控えた次女は、淡々として入るがそれなりに起伏がある。
2ヶ月に一回くらいは「やる気出ない」状態に陥る。
塾などに一切行かず、自宅でモクモクやっているだけにそうなると回復が難しい。

そこでお姉ちゃんの登場である。
そういう訴えは、大抵すぐ彼女に入るので、それを親たちにも伝え、本人も対策を練る。
センター試験明けでまた「やる気出ない」次女と、明日も遊びに行くらしい。

と思ったら場所は地元の二子玉川だそうな。
「移動時間がもったいない」という次女の要望で・・・
お金はお父さんが出してあげるから、盛り上げ業務頑張って、と長女にメールする。


で、さっきまたメールが。
「ぺけぽん」
なんだこりゃ・・・三女に関するものである。

三女は将来の夢がイロイロ変わる。
それはいいのだけれど、中2でそろそろ「進路」や「目標」を決めなくてはいけない。
それを親は一切与えないので、本人次第である。

とはいえ、彼女に直接聞くと「校舎がキレイなこと」「制服が可愛いこと」がダイジだと言う。
「3年間通うモチベーションってダイジでしょ!」と。
その通りだけどね、それだけで決められちゃあ、困ります。

ということで長女に指令を飛ばし、三女への進路相談役に任命する。それが半年前。

当初は長女の進路的問いかけを華麗にスルーしまくる三女。
どうなるものかと思っていたが、最近、三女もようやく考え初めて、志望校を調べたり、考えたりし始めたらしい。都立は4つくらいに絞ったとか。

といった進捗報告が、ときどき長女から来る。
「ぺけぽん」も、そのひとつだった。

マックのバイトがまだまだうまくこなせず、久しぶりに「できない子」として劣等感を感じたりもしているらしい。
ック恐るべし(笑)でもいい経験だね。

キミの最大の強みは、キミをお姉ちゃんと仰ぐ、妹たちがいることさ

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長女の醍醐味でも、ある。ガンバんな。
期待してるよ。

上最高のアクセス数を集めた三女ネタブログはこちら
た、彼女らとの子育て奮戦記『お手伝い至上主義でいこう!』(プレジデント社)もお楽しみください

2012年1月14日

紀伊國屋玉川高島屋店での小さな出来事

2枚の写真があります。

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上は水曜日のもの。下は今日のもの。

さて、何が違うでしょうか?


→確かに違いますが、そうではありません。

・周りの本の配置
→確かに違いますが、そうではありません。

・両隣の本が、平積みから縦置きになった
→鋭い。平積み戦争に勝ったとは言えるでしょう。でも、もっと面白いことです。


ヒントです。

ポップをよく、見てください。


わかりましたか?


上では、POP立ての金具が、POPの文字に掛かっています。
でも、下では掛かっていません。見やすくなっています。
それにはこんな、小さな物語が・・・。

今日、次女・三女と紀伊國屋に見に行ったときのこと。

11日は次女と「直前センター問題集」を買いに来たついでに見ていました。なので、次女は私に「また減ったねえ~」と言ってきました。
私はそれに、「多分ね。だけど前回は2冊で、今は3冊でしょ。補充された後に減ったってコトだよね。それは何冊かなあ」などと返します。
次女がその問いに答える間に、三女が何も言わずにPOPに手を伸ばします。

何をするんだろうと思ってみていると、POPを金具から外して、すぐまた差し込んだのです。
今度は、文字に、金具がかからないように。
終わっても、彼女は何も言いません。別に自慢したいわけでも、ほめてもらいたいわけでもないらしい。

見にくかったから、見やすくしたの。当然でしょ。

そんな声が聞こえた気もしました。

ありがとう。

お父さんも実は、金具が文字に掛かっていたのはわかっていた。
ちょっと読みにくいなって、思ってた。でも、そのままにしていたんだ。
それを直してくれて、ありがとう。


夕食は3人でSCのカレーうどん屋さん。美味しかったね。

2012年1月13日

美智子皇后のお歌によせて

いつも特に関心は無いのだが、たまたま1/12に行われた「歌会始」のニュースを見た。

天皇陛下
津波来(こ)し時の岸辺は如何なりしと  見下ろす海は青く静まる

美智子皇后
帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく  岸とふ文字を歳時記に見ず

と詠まれたという。

天皇のものは、ああ実直な方なのだな、と思った。
天皇の歌に評価など誰もしない。だから思ったそのままを詠めば良い。
ストレートで、でも海の怖さと深さを感じさせるものだった。

美智子皇后の歌は、初めはよくわからなかった。
すぐには上の句と下の句が、つながらない。

上の句:ずっと立って待ち続けている
下の句:「岸」は歳時記にない

「岸」がお題であることは知っていたが、それが歳時記にないからどうだと言うのだろう。でもそのときひらめいた。
上の句で「季」を「とき」と読ませているのはなぜだ?そうだ、季語だ!
歳時記にないとは季語ではないということであり、つまりは「どの季節であろうがいつでも」という意味なのだと。

津波に家族を流されたものは、岸に立ってその帰りを待ち続ける。
季節も年も関係なく、いつまでも。

きっとそういう意味なのだろうと直感した。
まさに美智子皇后の知性と感性と慈愛の結晶である。


実は結構、美智子皇后は好きである。
昔、『橋をかける』を読んだからだ。

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国際児童図書評議会(IBBY)の名誉総裁である彼女は、1998年夏、ニューデリー大会の基調講演をビデオで行った。
大会のテーマは「子どもの本を通しての平和」
彼女はそれに対して「子ども時代の読書の思い出」と題して、幼少時からのそして母となってからの読書経験を語った。

そして最後子ども時代の読書の価値について、述べている。少し長いが、抜粋しよう。

「今振り返って、私にとり、子供時代の読書とは何だったのでしょう」

「何よりも、それは私に楽しみを与えてくれました」

「それはある時には私に根っこを与え、ある時にはをくれました。この根っこと翼は、私が外に、内に、橋をかけ、自分の世界を少しずつ広げて育っていくときに、大きな助けとなってくれました

「読害は私に、悲しみや喜びにつき、思い巡らす機会を与えてくれました。本の中には、さまざまな悲しみが描かれており、私が、自分以外の人がどれほどに深くものを感じ、どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした」

「悲しみの多いこの世を子供が生き続けるためには、悲しみに耐える心が養われると共に、喜びを敏感に感じとる心、又、喜びに向かって延びようとする心が養われることが大切だと思います」

「そして最後にもう一つ、本への感謝をこめてつけ加えます。読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても

美智子皇后は語ります。この世界がいかに複雑で悲しみに満ちていて、苦しいものであるか。
そして読書こそが、それを理解し、それに耐えるための喜びを与え、違いを乗り越えて平和へとつながる「橋」をかけてくれるのだと。

書題の『橋をかける』はきっとここから来ているのでしょう。
この基調公演ビデオは、NHKによって収録され、放映されました。多分私はそれを見たのだと思います。
衝撃でした。
彼女がこの世界の困難さを、正面から受け止めていることに。
そして、本という私の最も好きなものにこそ、それを乗り越える力があるのだということに。

それからずっと隠れファン。

美智子さま、ご健康に、気をつけて。

2012年1月12日

マンガ考 ~『デビルマン』の歌は歌えないけれど・・・

このブログは、今週のダイヤモンドオンラインで好評だった
特別講  ヒトの「幸せ」をマンガから学ぶ  年末年始の読書のススメ!2 ~ナウシカが真に戦った相手とは』
の続編です。

私が高校を卒業し福井から東京に出て、すぐ感じた違和感が2つありました。
昼間でも中高生が街中をウロウロしていることと、夜の雲が明るいことでした。

福井ならそんな子どもは即、補導されます。
そして福井(というか永平寺)の夜の雲は暗闇です。星の見えないところが、雲。

東京ですぐにはわからず、浪人時代を経て大学生になって感じた違和感がありました。
それが『デビルマン』でした。

カラオケに行くと、みんなが『デビルマン』のアニメ主題歌を歌えます。
福井では放送してなかったので私は歌えません。

まあ、そんなことは多いのでたいして気にはなりません。気になったのは、みんながデビルマンを「楽しい思い出」として語ることでした。
デビルマンが「格好いいヒーロー」として、位置づけられていることでした。なんだかビームも出すらしいじゃないですか。見たことないけど。

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私にとってデビルマンとは、コワイ思い出いっぱいの恐怖マンガであり、黙示録的作品でした。

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登場する勢力は4つです。
・サタン+デーモン
・デビルマン(人類とデーモンの合体種族)
・人類
・神

マンガのほとんどは、デビルマン(不動 明)とデーモンとの戦いですが、その後、一気に黙示録的世界が浮かび上がってきます。

昔、神がデーモンたちを滅ぼそうとしたとき、サタンは堕天使となって神と戦いました。
そして今、サタン+デーモンが人類を滅ぼそうとするとき、デビルマンたちは戦いました。人類を、守るために。
しかし、人類はあえなく滅んだのです。

人類は、デーモンによってでも、ましてやデビルマンによってでもなく、恐怖に耐えかねて互いに殺し合い、自滅してしまったのです。
人類の敵は、人類でした。

デーモンたちは残忍で暴力的でしたが、ヒトに対して最も残虐であったのは、ヒト自身だったのです。不動 明は絶望します。
そして訪れる、ヒト無き世での最終戦争。


このマンガ版『デビルマン』は、是非読むべきだ!と簡単にオススメはできません。
アニメは設定や世界観だけを共有し、違うシナリオライターによって描かれた、勧善懲悪の物語であったと聞きます。
しかしマンガは、『少年ジャンプ』での連載を読んでいた私(小学生)に、ある種のトラウマを残すほどの衝撃的ストーリーであり描写のものでした。

永井豪さんが、読者に突きつけたものは、それほど重いものなのです。


さて、まだ読んでいないあなた。どうしますか?

中古なら全5巻が1500円で読めますよ・・・

2012年1月 8日

「挨拶ができない若者」考

なんだか、新書の本の題名みたいである。
今頃の若者ってヤツは、みたいでやな感じである。

でも最近、こんな話に3つも出会った。

その1
プレミアムウォーターの萩尾陽平さんから。彼は若き起業家。
・留学資金を稼ぐためにアルバイトとして販促営業に従事
・3ヵ月後に販促支援で起業
・全国に組織を拡大し、従業員数はグループ全体で930名に

この販促での起業で勝機を見いだしたのは「挨拶」だったと。
「人として当たり前のことは当たり前にやる(挨拶、振る舞い、言葉遣い)」

販促支援の業界ではそれができない人たちばっかりだったから、それさえちゃんとやればなんとかなる!と見切って、成功した。

その2
昨日のKIT虎ノ門大学院での「戦略思考演習」最終日、大逆転戦略の発表会での議論中でたこと。
システムエンジニアの人材派遣業界での「標準化」というテーマだったが、でもそれは実際にはなかなか難しい。

そのときクラスの一人が言った。
「SEの派遣を頼むときには『ちゃんと挨拶できる人を』ってだけ頼む」と。
細かなスキルがどうとかでなく、ちゃんとした人、が欲しいのだ。

一緒に働こうと思えなければ、派遣してもらっても意味がない。

その3
須藤元気さんの『WORLD ORDER』を見た!CDも買った。

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改めて思った。「挨拶」は強みになり得る。
それくらい「挨拶」できない若者が増えている、人間関係の第一歩を築けない人が増えているのだ、と。(ここは要検証)


わが家で20年以上続くイベントがある。「お花見パーティ」(と花火パーティ)である。
3月末に2日間、1200~2400でいつ来ていつ帰ってもいいホームパーティだ。
2日間の来場者は老若男女合わせて200名前後(笑)

娘たちにはお手伝いと社交の場だ

長女に聞いたら、こんなことを言っていた。
「小さいときは『挨拶タイム』がすごくイヤだった。名前と学年くらいだけどさ」
「長女だから一番に言えって言われるし」

「でも今はまったく平気。いつから平気になったかは覚えてないけど、中学生過ぎてからかな」
「今、知らない大人と話すのが苦手じゃないのは、お花見パーティのお陰かな」


今のところ、「挨拶できる若者を育てる」ためのキーワードは3つ。
・中学生の壁
・携帯電話の壁
・ホームパーティ

これについては、もっと考察と調査を進めたい。

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