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第9号 旅に学ぶ-日本(寺社仏閣編)(前編)

薬師寺にまつわる、もう二人の超人

薬師寺は今、もう2つの「人の意思の力」を見せてくれる。1967年から30年間、管長を務めた高田 好胤(こういん)氏と、最後の宮大工・西岡常一(つねかず)棟梁だ。


現在、薬師寺は彼らの手により再建され、ほぼ創建当時の形に戻っている。金堂、西塔、大講堂、中門、回廊・・・。

高田管長は、それを企画し、資金を集め、実現した。自らTV等にも多く出演し、タレント坊主と叩かれたが、大企業からの寄付は断り、金堂の建築費用10億円のほとんど全てを納経料1巻1,000円(今は2,000円)の般若(はんにゃ)信教(しんきょう)の写経(しゃきょう)勧進(かんじん)で調達した。

つまり数十万人を動かして、100万巻もの写経勧進を成し遂げたと言うことだ。1巻の写経に1時間は掛かるものとすると、100万時間、114年分の人の祈りが詰まっている。

因みに、大講堂の再建費用は約50億円。やはりその多くを写経勧進でまかなっている。


西岡棟梁は,、法隆寺付きの宮大工として有名であった。

その強烈な個性と棟梁としての卓越した力は「プロジェクトX(第25回)」を見て頂くのがよいだろう。

彼は全国から腕の良い、しかし、宮大工経験の全くない若手の大工37名を集め、見事に金堂の建築を果たした。期間中、一度も実際の作業に手を下すことなく、だ。

ただの一度だけ、喧嘩の仲裁代わりにただ鉋(かんな)を掛けて見せた、とか。そして皆、その余りに薄い鉋屑の美しさに声を失い、喧嘩も忘れた、と言われている。


彼が後年、請われて若手の宮大工達に贈った言葉を、紹介しよう。


鵤(いかるが)工舎の若者につぐ。

親方に授(さず)けられるべからず。

一意専心 親方を乗りこす工夫を切磋琢磨すべし。

これ匠(たくみ)道(どう)文化の心髄なり。

心して悟るべし。


ただ一人の内弟子であった小川三夫氏(西岡棟梁の下を離れて、鵤工舎を設立)も言う。

当代最高の寺社でもあった法隆寺。これを造った宮大工たちの精神は、誰かに学ぶ、ということではなく、未知のものを造り上げる信念だと。学ぶに留まらず、新しいものに向かって、自分の能力以上のものを出し、それをやり遂げる執念だと。


彼らの考える匠(たくみ)とは、自ら考え切り拓く者のことである。そして棟梁とはそれを「教えずして導く者」のことである。

なんと難しい・・・


皆さん、頑張って。

私に出来るのは、自分が学んだ「こと」や学んだ「道」を示すこと。でも一番大事なのは、そう、皆さん達が、自分で考えること。

自分を見つめること:京都 三十三間堂

さて次の寺へ行こう。

京都駅から東へ1km足らず。歩いても行ける距離に三十三間堂はある。

今でも関西出張の行き帰りに時間があれば寄っている。


正式名称は蓮華(れんげ)王院(おういん)本堂。

33間、120mを射通す「通し矢」でも有名だ。(これまでの記録は一昼夜で8,132本の的中。1688年に紀伊藩の和佐大八郎が13,053本を射て達成。6.6秒に1射を24時間続けた・・・)

このお堂の中には、驚くべき仏像群が鎮座ましましている。

本尊たる千手観音坐像(湛慶晩年の作)の左右と後ろには計1001躯(はしら)の十一面千手千眼観音立像が列ぶ。そもそも1躯だけでも、11面を持ち、40本の手が各々25種類の世界で救いを為すという観音様が千手観音である。

それが1002躯、一堂に会しているのだ。

その黄金の観音たちの上には、国宝の風神・雷神像も睨みを効かせている。

俵屋宗(そう)達(たつ)の「風神雷神図」はこれを見て描かれたものだ。しかし個人的な好みで言えば、なんと言っても二十八部(にじゅうはちぶ)衆(しゅう)立像(全て国宝)こそ、秀逸である。


これらは、千手観音を信ずる者を守護する役目をもつ神々(眷属(けんぞく))なのだが、帝釈天、毘沙門天、阿修羅王、吉祥天といった聞いたことあるような名前の神もいれば、摩醯首羅天、迦楼羅王、摩和羅女という名前すら読めない神も多い。(順に、まけいしゅらおう、かるらおう、まわらにょ、と読む)

それらは大抵、バラモン教(古代ヒンズー教)から取り込まれたものだ。

例えば、迦楼羅王は鳥の顔と翼を持つ異形の神だが、これこそヒンズー教3大神のヴィシュヌ神の乗り物、ガルーダだ。


古代インドを支配していたバラモン教に対し、差別の否定を説いて広まりつつあった新興宗教、仏教の拡大戦略の一つがこういったことだった。

相手方の神を、どんどん自分たちの神の一部として、取り込んでしまう。相手の主張を、直接否定し対決するのではなく、自分の主張の部品(下位)と位置づける手法だ。


三十三間堂に居並ぶ、二十八部衆立像からはそんな2300年前の宗教戦争の有様を見ることも出来るだろう。

ただ、しかし、そういうことを超えて、今そこにある芸術として見事の一語に尽きる。どの1躯も破綻無く完璧な世界を表している。


お堂内部の正面に立てば、1001躯の千手観音、風神雷神、二十八部衆と正対することになる。しかしそこに焦りも苦しさもない。

1000年前と変わらずお香の漂うそこは、まさに静謐(せいひつ)な時の流れる結界。時間が確かに、ゆっくり、流れていく。

お堂に足を踏み入れた瞬間、頭脳のクロック数が10分の1に落ちるのが分かる。それまで如何に視野狭く、周りが見えていなかったかが分かる。

そして自分が見える。


さて寺社仏閣編、もう少し続けよう。次回は、まず山口の瑠璃光寺(るりこうじ) 五重塔を。そして仏像の話を、東大寺 戒壇院(かいだんいん) 四天王像の1躯、広目天(こうもくてん)を中心に。


お楽しみに。

旅リスト(京都・奈良編)

  • 三十三間堂(千手観音、風神雷神、二十八部衆!そしてお香漂う雰囲気)
  • 南禅寺(「絶景かな」の山門。大方丈の庭、狩野探幽の襖絵。脇を流れる琵琶湖疎水工事を指揮したのは当時21才の田邊朔郎)
  • 大徳寺(境内には公開非公開合わせて21の塔頭。瑞峯院でお茶でも如何)
  • 東寺(新幹線からも見えますよね。国宝の塊。五重塔は総高57mで古塔中最高)
  • 光悦寺(江戸期の天才、本阿弥光悦が創った芸術村。庭園からは鷹峯三山が借景に)
  • 東大寺 戒壇院(四天王像が絶品)
  • 唐招提寺(鑑真和上のお寺。エンタシスが美しい金堂は2010年に向け解体修理中)
  • 薬師寺(塔の上なるひとひらの雲)
  • 法隆寺(最古の仏教建築、荘厳。修学旅行生が減れば、ねえ)
  • 室生寺(檜皮葺 小柄な五重塔が美しい。密教美術の宝庫)
  • 石舞台古墳(蘇我馬子の墓。この上で本を読むのが夢なのだけれど)

CAREERINQ. 2005/11/01

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